セルフガウン(一人で着脱できる手術用ガウン)
<大阪大学との共同開発プロジェクト>
長年にわたり医療現場の声を反映した商品開発を大事にしてきた大衛ですが、その最たる例が2014年にスタートし、これまで様々な新製品を生み出している大阪大学との共同開発プロジェクトです。中でも2017年に商品化された“セルフガウン”は、通常は手術医が看護師などの介助を受けながら着る手術用ガウンを一人で着脱できるように改良した、世界初の「一人で着脱できる手術用ガウン」で、現在はWHO(世界保健機構)からも推奨製品として認められています。足掛け2年にも及んだ開発でどのような工夫や苦労があったのか、当時のプロジェクトメンバーにインタビューしました。
1.「セルフガウン」開発への想い
Q.手術用ガウンというと、手術医の先生が看護師さんに補助してもらい着用するイメージがあります。「一人で着られること」に着目した製品を開発することになったのはなぜですか?
(安井)手術用のガウンと手袋は、患者と医療従事者両方を感染から守るため、滅菌済みの使い捨ての物を使用する必要があります。また、着用の際には、未滅菌のものに絶対に触れないようにしなければならないため、看護師に補助してもらい着用するというのがセオリーです。しかし、国内の一部地域や新興国といった医療の環境や体制が整っていない場所ではマンパワー不足で着用の補助を担当する看護師を確保できない現場もあります。「医師が一人でも着られる手術用ガウンがあれば、どこでも同じ質の医療を提供できるのに」と以前から思っていたのです。
また、医療現場のニーズに的確に対応した医療機器の開発推進を目的とした事業に参加した際に、その検討会の中でも「医師はなぜ手術用ガウンを着るのに介助してもらうのか?」といった意見が出ていました。私自身も長年「一人で着られるガウン」の構想をもっていたため、この機会を逃すまいと大阪大学の中島先生に共同開発を打診し、開発がスタートしました。
2.これまでの「当たり前」を覆すアイデアと工場との粘り強い交渉
Q.開発するにあたって大変だったことはなんですか?
(安井)大変だったのは、首回りの特殊リングの開発と背中の引き合わせ部分の構造設計です。特に、これまで「当たり前」とされてきたことをどう変えるか、とても悩みました。
一般的なガウンは、首の後ろ、腰、ガウンの背面の3ヵ所でヒモを結び着用するのですが、自分の背部は不潔(清潔ではない状態)とされており、ヒモを結ぼうと後ろに手をまわすことで首などの不潔領域に触れてしまう恐れがあるため、一人で着られるガウンは「手を背部に回さずに着用できる」ことが必須の条件でした。
ヒモを使用するのが当たり前という固定概念もあり、自分たちでは他のイメージが全くわかず、とても苦労しました。最終的には、首回りをヒモではなくリング状にして固定するアイデアが採用されたのですが、実はこれは共同開発を一緒に行っていた医療業界ではない企業の方から出てきたものなんです。自分たちの固定概念を崩すことの難しさと、業界外の第三者からの意見の大切さを実感しましたね。
このアイデアをいただいてからも、リングバネの素材選びなどに苦戦しました。ワイヤー、塩化ビニル、ステンレスなど様々な素材で試作を行い、最終的にポリプロピレンで成形することになったのですが、ポリプロピレンにも種類があり、はじめに試した材質ではリングバネの強度が足りなかったためにガウンの生地の重みに耐えられず前にだれてきてしまい失敗に。ガウンの重みに耐えられるものはないか、試験機を使用し強度の計測を繰り返してようやく今の材質にたどり着きました。
(松田)首回りのリングはアルファベットのCの形になっていて左右に広げて首にはめるのですが、リングの端同士が首の後ろで重なるときに必ず左側が上になるようにする縫製の工夫も必要でした。これが逆になってしまうと腰ヒモを結ぶときにガウンの背面が乱れてしまうのです。また、背面でガウンが左右しっかり重なるようにすることで、背中側で結んでいた内ヒモをなくすことに成功しました。
ただ、この複雑な縫製を量産するのが本当に大変で・・・。縫製品は海外の縫製工場で現地のスタッフの手作業で行っているため、複雑な縫製が必要な製品は量産を断られてしまうのです。セルフガウンもそのひとつでした。そのため、当時の社内の縫製担当者がより縫製しやすい方法を考えて、それを基に私が仕様書を作成し工場に依頼、断られたらまた別の縫製方法を考える・・・という交渉を繰り返しました。ミシンのあて方など縫製の流れを実演したビデオも作って送ったりもしました。「どんなに画期的な製品を開発しても量産ができなければ医療現場には届けられない。なんとしても縫製工場のOKをもらわなければ。」と必死でしたね。
(安井)それに比べると、腰ヒモをどうするかは一般的なガウンの仕組みの応用に近かったので、かなり早い段階で案が固まっていましたね。一般的なガウンの場合、介助者が腰ヒモの先端についた紙を持ってヒモを伸ばし、着用者が体を回してヒモを腰に巻き付けてから介助者からヒモを受け取って自分で体の前で結びます。ですから、セルフガウンではヒモの先端につけた紙に粘着加工をして医療器具を置く台に貼り付けてみよう!となったのです。
3.医療現場の声を反映させるカギとなった社内のコミュニケーション
Q.社内や社外との連携はどのようにされていたのでしょうか?苦労した点は?
(安井)手術用ガウンは医療現場で毎日使用するものなので、医療従事者からの改善案や要望ももともと多くいただいていました。40種類以上の試作品を作成し、試作品の評価には、海外含め延べ100名を超える医療従事者に参加していただきました。大変でしたが、おかげで現場の声をしっかり反映した製品ができたと思っています。
(松田)大阪大学をはじめとしたプロジェクトメンバーと、社内とでは試作にかかる時間の感覚に大きな差があり、そこを埋めるのが大変でした。一般的な試作は、素材の選定から縫製の考案、仕様書作成を日本で行い、量産工場に試作してもらいます。この方法だと仕様書の外国語への翻訳や、さらにはできた試作品の日本への輸送など、1回で2~3週間ほどかかってしまうのです。しかし、日頃製造に携わっていない人からすると、遅いと感じてしまうため、海外の量産工場に試作品を依頼するのではなく、社内の縫製メンバーで試作品を作成して対応することでスピードをアップさせました。
また、医療現場からもらう改善案には、機能面の意見以外にコストへの課題もありました。従来の手術用ガウンと同じ価格帯で提供できれば良いのですが、ガウンの機能を上げたうえでコストを維持することは難しく、縫製メンバーで、ガウンの機能を低下させずにコストを下げられる場所を必死に探しました。ああでもない、こうでもないと色々試した末、腰ヒモの幅を狭くすることでコストを下げられる!と見つけた時はみんなで喜びましたね。
また、営業担当の大森さんが医療現場から聞いてきた意見をもとに行った仕様変更もありました。結果的に40種類以上の試作品を作成したのですが、部署を問わず社内での連携がうまくとれていたことが大きかったと思います。
Q.日頃から新商品開発や製品改良には、日常的に医療現場に足を運んでいる営業部門が現場から聞いてきた意見が反映されていますが、“セルフガウン”ではどのようなかかわりがありましたか?
(大森) “セルフガウン”の開発でも、担当している病院のスタッフから聞いた手術用ガウンの困りごとを開発メンバーと共有していました。実際にあった話としては、商品化した後に、担当先の医療従事者から「腰ヒモと粘着シールの紙を切り離すミシン目がわかりにくい」という声をいただきました。社内で開発部門に共有したところ、スピーディーに仕様を変更してもらうことができました。
4.ジュネーブへの突撃訪問、行動力がカギとなったWHO便覧への掲載
Q.WHOの推奨商品になっているということですが、どのように掲載に至ったのでしょう?
(安井)開発段階から、製品をより多くの人に知ってもらうためにWHO推奨品として取り上げてもらうことを考えていました。商品化に成功後、WHO側にプレゼンの機会をもらいたいとかけあっていましたが、なかなか返事がもらえない状況が続いていました。しかし、私たちとしても新興国などの医療の環境や体制が整っていない現場へ製品を広めていきたいという強い気持ちがあったため、もう直接行くしかない!とアポイントも取れておらず、会えるかどうかもわからない状況でWHOの本部があるジュネーブへ向かいました。
その結果、当日突撃でWHOの責任者にプレゼンを聞いてもらうことに成功したのです。
(松田)プレゼン前、先方は「そこまで言うのなら時間を取ってあげてもいい」くらいの反応でしたが、いざプレゼンをすると“セルフガウン”を絶賛してくれ、夕方にもう一度来て!と言われました。
何があるのかと思いながら夕方あらためて本部に行くと、先ほどプレゼンをした部屋の何倍も広い部屋に通され、先方の声掛けで集まったたくさんの関係者の前でプレゼンを行うことに。さらに、その時点で便覧掲載の締め切りは終わっていたのですが、今日中に申請を上げられたら次の便覧に載せるから!と言ってもらい、ホテルに戻り夜中2時頃までかかって英文の資料を作成しました。翌日WHOから無事掲載の連絡が来たときは本当に嬉しかったです。
参考:WHO推奨医療機器要覧とは
2015年の国連総会において、UHC(Universal Health Coverage)の達成が掲げられました。UHCとは「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味し、すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指しています。
その取り組みの一つとして作成されているのが「途上国向けWHO推奨医療機器要覧(以下WHO推奨要覧)」です。WHO推奨要覧への掲載は、製品が新興国・途上国等の医療水準の向上に貢献すると国際的に認められたことを示し、製品の国際的な信頼度の向上につながるとされています。
5.ひとつでも多くの「世の中のお困りごと」解決を目指して
Q.プロジェクトに取り組み、どう感じましたか?
(松田)“セルフガウン”を使用した医療従事者の方から「検査室のカテーテル処置の時も、ガウンの着用で時間がかかってしまったり、スタッフ同士で介助し合っていて大変だったので一人で着られるのはすごく良い!」との声をいただいたときは嬉しかったです。製品開発は大変な仕事ではありますが、自分たちが開発した製品が医療現場で役立っているところを目の当たりにするとこの仕事をしていて良かったなと感じます。
(安井)医療現場のニーズに応える製品開発を続けていくには、人とのかかわりが大事だと実感しました。最近同プロジェクトで新たに開発した、内視鏡手術で使用するカメラの曇り汚れの除去に使用する“ラパホット”という製品も、他業界の企業との協力で実現しました。今後も、多様化する医療現場のニーズに応えていくべく、医療現場との信頼関係、他業界との協力、そして社内のコミュニケーションを大事にし、ひとつでも多くの「世の中のお困りごと」を解決するより良い製品づくりを目指していきたいと思います。
●製品紹介はこちら→OWセルフガウン®(サージカルガウン)